300系新幹線、かつてはパンタが3台あって、サービスコーナーの営業もあった。

スポンサーリンク

おはようございます。こおろぎです。

かつては、300系新幹線が走っていました。1992年に、のぞみ号が登場すると同時にデビューした車両で、当時は、パンタを6号車、9号車、12号車に装備。博多方面に行くときは、パンタは9号車と12号車を使用。そして、東京方面に行くときは6号車と9号車を使用。つまり、9号車は常時使う感じになったのです。

終点の駅に到着してから、折り返しの運転をするときに、パンタ切り替えスイッチを行うことで、6号車、12号車のパンタの上げ下げを実施していました。その後、95年に入ると、9号車のパンタが、カバーごと撤去されるようになりました。トンネルの中に入ったときに、乗り心地に悪くなるというのが、頻繁に生じたもので、さらに、巨大なパンタカバーが、乗り心地に影響を与えていることがわかったため。

それらのことを踏まえ、9号車のグリーン車は快適な乗り心地が求められる車両だけに、まさに、9号車にあるパンタ、そして、8号車と9号車にまたがるパンタカバーを撤去することで、乗り心地の改善がされました。パンタを撤去した部分には、特別高圧引き通し回路のケーブルヘッドが設置されており、パンタカバーの台座や、つめといったものが残っていますが、そのまま走り続けました。

9号車のパンタがなくなったことで、パンタは6号車と12号車を常時使用する感じになり、パンタ切り替えスイッチは使用されなくなります。このとき、パンタカバーの形も、形状が変更され、風の通りを良くする流線形に変えられました。その後、700系が登場したことで、300系のパンタは、順次、シングルアームに載せ替えられました。そのためか、屋根には、パンタカバーを撤去した跡が残されています。そして、シングルアームで最後まで活躍しました。

また、300系においては、7号車と、11号車にサービスコーナーが設けられていて、カウンターのついた売店があり、弁当やサンドイッチ、アイスコーヒー、ドリンク、土産などを買うことができました。必要なものを取り揃えてあり、乗客にも重宝されていましたが、やがて利用率が低下していき、2003年にサービスコーナーは廃止されることとなりました。

そして、サービスコーナーのあった部分は、カウンターが撤去されて、壁が設けられて、大型の車販準備室になりました。背面には、ショーケースもあって、いろいろ土産物もありましたが、サービスコーナー廃止後は、ショーケースの窓は、フイルムが貼られたのか、透明でなくなりました。

300系廃止後も、車内販売は続けられ、アイスクリームや、コーヒーなど、いろいろ買うことができたものです。サービスコーナーのあった部分は、車販準備室に姿を変えて、店員の方が準備に追われたりしたものです。

300系は、2001年になると、こだま号での運転が増えていき、それらのこともあってか、2003年にサービスコーナーが終了となった感じです。それに、2007年以降、初期の300系は廃車が進められていき、2012年には、最後の運転をして引退となり、すべての車両が廃車となりました。

300系は、700系や、N700系、そしてN700A、N700Sにバトンタッチしていきましたが、高速運転には貢献した車両となったことでしょう。

それでは、また。

タイトルとURLをコピーしました