新幹線の0系は、大窓と小窓があって面白い。

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おはようございます。こおろぎです。

かつて、東海道・山陽新幹線に、0系が走っていました。JR東海では1999年、JR西日本では2008年に引退、姿を消してしまいましたが、かつて0系がたくさんあったころは、大窓車がたくさん存在して、小窓車も交じって走ったりしたものです。

0系は、1976年まで製造されたものは、大窓車であったものの、その年から小窓車も創られるようになったのです。線路に敷き詰められているバラストが、時々ガラスにあたり破損事故が多発したのが原因で、ガラスの費用を抑えるため、小窓にすることで予算を抑えたようです。

そして、小窓車においては、1000番台が与えられて、外観を見ると航空機を思わせるような雰囲気に代わっています。0系のなかで、N97~N99という編成があり、すべて小窓という、不思議な編成です。先頭車を含め、食堂車も小窓となっているすごい編成です。1号車から16号車まで小窓で統一されています。基本食堂車は大窓で96両が作られましたが、そのあとに小窓の食堂車が3両作られ、ある意味レアな編成であったかもしれません。

0系は、その後1981年に入ってからは、2000番台が登場して、小窓でありながら、窓の大きさがわずかに広がっています。1000番台は、窓の幅が630ミリであったのを、2000番台は720ミリにしたもので、9センチ広がったことで、窓からの眺望も多少良くなったかもしれません。なお、100系は、試作車が登場した時は小窓であったのを、量産車は大窓としています。

0系は、当時は大窓が多めであったものの、少しずつ廃車が進むと、徐々に小窓の割合が増えていき、100系が登場すると、その割合も小窓がメインとなっていき、300系の登場では、0系も少しずつ数を減らしていくこととなります。東海道新幹線では、0系の大窓車は、1996年までは見ることができましたが、やがて廃車となって、東海道新幹線では大窓車がなくなります。小窓がメインとなっていきました。

さらに、97年に入ってからは、100系がこだまでも運転するようになったので、0系が少しずつ出番を減らしていくこととなりました。0系は小窓車や、2000番台も廃車が進められていくこととなります。2000番台は1986年まで製造が続いたこともあってか、比較的最後まで残りました。

0系は、大きな窓や小窓もあったのがおもしろい新幹線であったものの、最晩年のころは、小窓しか残っておらず、東海道新幹線では、Yk編成がこだまで活躍した雰囲気です。

東海道新幹線では、こだま号が12両で走っていましたが、1989年以降に、100系が大量に投入されたことで、0系のこだまを、16両にしようという雰囲気になったようです。そのときに、0系も廃車が生じましたが、そのときに状態の良い車両を、0系のこだま編成に組み込み、16両にする動きがみられました、そして、91年にはこだま16両化が完了。大窓、小窓が混ざった編成を楽しめたものです。

それでは、また。

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