113系、最初のころは非冷房であった。そのご、冷房改造した車両が登場。

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おはようございます。こおろぎです。

かつては東海道線にたくさん見ることのできた113系は、いまや西日本でしか見ることができません。3000両近く製造されてきましたが、いまでは10両くらいしか残っていないとのこと。その113系は、登場したころは、冷房はついておらず、当時はデカライトで、窓は丸窓、通風機もグローブ式。

113系は、1971年ごろから、新造時に冷房が取り付けられていますが、冷房車が誕生するきっかけとなったのは、非冷房車に、冷房を取り付ける改造工事を実施したのがきっかけ。大型のAU75型冷房装置を取り付けるもので、車体や屋根の補強を行い、冷房装置を取り付け、車内には冷風ダクトも設置。

試験的に冷房改造を行った車両をいくつか登場させて、これが新造時に冷房車となっていくことへと発展したのです。そして、1971年に、113系の1000番台で、冷房が取り付けられるようになりました。冷房改造車が登場しているころには、冷房準備車も登場していて、冷房が取り付けやすい工夫がされています。

冷房準備車は、AU75型の冷房を取り付けしやすいように、台座がつけられていて、天蓋もついており、車内には、換気口も設けられています。その換気口の部分は、板が貼られていますが、JR東日本になってから、AU75型の冷房が取り付けられていきました。天蓋を撤去したうえで冷房を設置、そして、換気口の部分は板をはずして、換気ダクトを設置。

新造時に冷房が取り付けられている車両においては、車外スピーカーや、予備灯がすでに移設されていて、それに対応した屋根配置になっています。当時は天井に扇風機がありましたが、冷房がついたことで、扇風機はつかなくなりました。

113系の初期車は、非冷房で、当時、扇風機がありましたが、1973年以降に、非冷房車にも冷房改造がされていくようになります。改造では、車体と屋根の補強を行って、そして屋根に冷房を設置。扇風機も撤去されていきました。壁にあったスイッチはふさがれ、化粧板でビス止めがされました。

そして、クハ111の場合では、運転台の後ろにあった窓がふさがれて、そこに冷房制御盤が設置されることとなったのです。113系は、AU75型の冷房がついた車両は、大部分が扇風機の撤去がなされました。車内スピーカーと、室内予備灯も、天井の中央にあったのが、冷房取り付けで移設がされました。

しかし、すべての非冷房車に冷房改造がされるわけではなく、1987年にJRとなってからも、JR東日本、JR東海、JR西日本などには、いくつか非冷房車が残っていました。冷房改造として、省エネ化の図られている、インバーター式の冷房が取り付けられるようになりました。

JR東海においては、分散式の、C-AU711型の冷房が取り付けられまして、おもにクハ111にたくさん取り付けがされています。非冷房車は、天井に扇風機がついていますが、全部で6台ついていて、AU75型冷房がつくと、撤去されてしまいます。しかし、C-AU711型冷房がつくと、扇風機は残置されていて、6台すべて稼働しました。

113系で、冷房が装備されつつ、扇風機がついていると、冷房の効率もよく、いい感じに涼しくなります。1989年に、211系が登場すると、冷房も取り付けられつつ、車内には送風機も設置されました。そこからの風も、いい感じに涼しくなっています。113系においては、1999年までは、ほとんどの車両が静岡で大活躍してくれましたが、その1999年になると、313系が登場して、古い113系の電車は少しずつ取り替えられていきました。

その後、徐々に廃車が進んでいき、2001年の3月には、分散型冷房を取り付けた113系は、ほぼすべて廃車されて消滅。もとは非冷房であったのを、冷房付きに改造して、特別保全工事も受けていましたが、老朽化は否めなかったようです。

それでは、また。

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