東海道線の静岡地区にはかつて、113系があった。4両編成があって、なかなか濃い編成。

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おはようございます。こおろぎです。

かつて、東海道線の静岡地区には、113系が走りました。4両編成、3両編成がありましたが、この3両編成は、もとは6両編成であったのを分割して、3両編成に組成したもので、先頭車に、クモハ113 2000番台というのがあります。

もともと、中間車のモハ113 2000番台であったのを、名古屋工場にて、先頭車改造したもので、前位側の車体を切断して、そこに、あらかじめ新造した運転台ユニットを溶接して、先頭車化します。そして、電気の配線などをつなぎ、内部を仕上げて改造を完了。

3両編成とするために、ぜんぶで16両が改造を受けて、3両編成は16本が登場します。このときに、下り側のクハ、方転改造を受けたものが8両登場しています。6両編成のなかで、クハが博多側にあったものはそのままで住みましたが、東京向きのクハ111 2000番台もあって、それを方転改造して、下りクハとしたものです。方転改造されたクハは、クハ111 2200番台となっています。

それに、113系の4両編成においては、2000番台や、初期の0番台、1000番台に、冷房付きの0番台といったものが混ざりました。初期の0番台は、デカライトが特徴で、グロベン、丸い窓となっていました。なお、初期の0番台は冷房がついていなかったため、AU75冷房改造を受けたものから、分散型のC-AU711型を装備したものとあります。

AU75冷房改造を受けたものの特徴は、先頭車にあった箱型の通風機がグロベンに改造されたり、運転台の後ろにあった窓が、冷房制御盤を設置したことでふさがれたり、天井にあった扇風機が、ダクト設置でなくなったり、予備灯やスピーカーが移設されたりと、かなり細かく工事がされています。

なお、分散式の冷房を装備したものは、箱型通風機は生かされ、運転台の窓もそのまま生かされ、扇風機もそのまま生かされています。なお、予備灯、スピーカーも移設はされず、天井のまんなかにそのままつけられました。分散式の冷房は、ダクトは細長いものをつけたため、扇風機や予備灯、スピーカーに干渉されずに済んだのです。

1000番台においては、初期の0番台と同じように冷房がなかったため、AU75冷房改造を受けています。そのため、扇風機がついていません。一部の車両においては、JR東海になってから、特別保全工事を受けていて、車内の化粧板が211系と同じものに取替がされています。

そして、冷房付きの0番台においては、先頭車のライトが小型になっていて、なおかつシールドビームになっています。そして、窓はユニット窓になっていて、冷房の通風機も押し込み式になっています。床下の機器類もしっかりときれいにまとめられています。冷房がついたことで、夏場はかなり涼しくなっています。

そして、2000番台が登場すると、外観は冷房付きの0番台とほぼ変わらない雰囲気ですが、車体端っこの窓配置が変わっています。3人分のロングシートであった部分が2人分となったため、ユニット窓の小窓を廃止して、戸袋窓のみとしています。シートピッチも拡大されたこともあって、乗り心地も改善されたかもしれません。

113系の4両編成は、1996年のころは静岡地区に36本あり、東京まで乗り入れをすることもある、T編成が17本あって、ローカル運用のほか、東京乗り入れのときにも使用されていました。そして、残りの19本は、L編成として静岡地区をメインに運転。0番台や、1000番台、冷房付きの0番台、2000番台とバリエーションが豊かであったものの、0番台は、99年から廃車がはじまり、状態がよかったものもあったものの、2001年までに、1000番台ともに廃車がされました。その後は、2000番台をメインに活躍しましたが、2007年に313系に取り替えられて、すべてが廃車されて、113系、姿を消しました。

113系には、運悪く廃車になってしまったものもあり、その1つがクハ111 549。L編成で運転されたものの、97年に、片浜駅のあたりでの踏切事故で、貨物列車に追突。大破して、廃車になってしまいました。廃車の原因になったのも、運転台は、くの字にへこみ、ガラスも割れて、車内の床も損傷しているだけでなく、車体と台枠も分離、その台枠も変形していて、床下機器類も壊れてしまったため。それに、電車は台枠が命であり、その台枠が変形してしまうと、安全に支障をきたすこととなります。

このため、クハ111 549は廃車となり、最後は解体されました。北海道にあった、スーパーカムイ、2010年の踏切事故で先頭車が大破して、その後、編成ごと廃車になってしまったのです。大破したクハは車内の損傷が激しく、台枠もゆがんでいます。さらに、後続の車両においても、衝撃を吸収してしまったらしく、内部もかなり損傷が見られました。最後尾の車両においても、外観はなんともなさそうであるものの、台枠にゆがみが見られ、結局編成ごと廃車されてしまったのです。

電車というのは、台枠が命であることを改めて感じます。静岡地区、113系がすべてなくなってしまいましたが、313系、315系も積極的に利用したいところ。それでは、また。

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