オハネ15-1246。実は最後に製造されている客車であったりします。

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こんにちは、こおろぎです。

かつて、寝台特急「さくら」「はやぶさ」「富士」といったものが走っていました。ブルートレインとして活躍して、東京と九州の間を走破したものです。そのなかに、オハネ15-1246というのがありまして、「富士」「はやぶさ」で連結して活躍してくれました。

実は、オハネ15-1246は、もとは24系の、オハネ25 246として製造されています。24系時代は、やはり「富士」「はやぶさ」で活躍して、走り続けてくれました。開放式のB寝台車で、2段式になっていて、熊本客車区に配置されました。走行距離はあまり少なかったのか、その後、役に立つこととなったのです。

「さくら」は14系が使用されましたが、オハネ14が老朽化のため、オハネ15へと差し替えられることとなりました。オハネ15は車齢も比較的新しめであったため、さくらの運転は続けることができるようになったのです。

しかし、オハネ15だけでは車両不足となってしまうため、そこで、オハネ25 100番台を改造して、オハネ15-1000番台に改造することで、14系に組み込むようになりました。このとき、「富士」「はやぶさ」は、ダイヤ改正によって、距離が少し短くなったため、オハネ25 100番台に余剰が生じたため、そこで、14系に転用できるようにと、オハネ15 1000番台へと改造。

そのなかの、オハネ25 246も、その1つで、小倉工場にて改造を行い、オハネ15-1246に改められました。改造では、引き通し回路の変更や、分電盤やジャンパ線などに変更が加えられ、14系になりました。このオハネ15-1246は、室内がリニューアルされて、雰囲気も変わりました。

デッキのなかにある、B寝台の扉においては、青く塗り替えられて、ブルトレらしさが出てきて、車体の外側にある「B寝台」の文字も、白地に青色の文字であったのが、青地に白の文字に変わりました。また、車体にあったステンレス帯においては、白い帯に変わったのです。車番においても、ステンレスの切り抜き文字であったのが、白い文字へと変わりました。

B寝台車は、室内も大きくリニューアルしており、中の壁は木目の化粧板になっており、寝台の生地は、ヒョウ柄であるけれど、ちょっと緑が入ったような雰囲気のものになり、自然の中の休息を思わせる雰囲気に変化。洗面台においては、それまでの陶器から、3面鏡の立派なものに変わりました。

ごく普通のB寝台車ではあるけれど、小倉工場にて修繕工事を受けたので、内部もかなり美しい雰囲気になったのです。そして、寝台特急「さくら」で運用をして、長崎に行ったり、佐世保にいったりと運用をこなしてきました。

そして、99年に、「さくら」は「はやぶさ」との併結をするようになり、このとき、「富士」でも運用することとなったのです。つまり、99年には久しぶりに日豊本線を走れるようになりました。2005年、「さくら」は廃止がされることとなり、長崎発着がなくなりました。その後、オハネ15-1246は、はやぶさの運用に復帰することとなります。24系が使用されなくなったため、ロビーカーは廃車となっていき、ほかの24系も姿を消していきました。

一部の24系は、「なは」での運用に、2008年まで活躍をしてくれました。そして、オハネ15-1246においては、2009年に、富士・はやぶさが廃止されるまで、活躍を続けてくれました。「富士」「はやぶさ」は東海道線の寝台特急の顔として活躍して、乗客を和ませてくれたことでしょう。

オハネ15-1246は、最終的に、2010年に廃車され、そしてマレーシアの鉄道に譲渡となったそうです。最終的にどうなるかも気になるところ。いまとなっては、寝台車を見られるのは、静態保存されているところのみ。

寝台特急は、思い出の列車です。それでは、また。

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